8月2012

短期記憶

 感覚記憶の強度が弱いと「問題と解いている間でも問題の内容を忘れる」ことがあるこ
とを前回述べましたが、今回は感覚記憶が送られる先の短期記憶についてです。短期
記憶の特徴は大きく二つあります。一つは一度に記憶できることは少ない(7前後とい
われています)、もう一つは記憶できる時間が短い(数秒~数十秒)ということです。そし
て短期記憶としてある程度の時間、ある程度の強度でもって記憶することができると次
の長期記憶に転送されます。

 記憶できることが少ないということはどういうことでしょうか。この頃は携帯電話の普及
で電話番号を直接覚えることが少なくなりましたが、以前はみな市内電話7桁程度の電
話番号をいくつも覚えていました。初見で見た電話番号も案外記憶したものでした。(も
ちろん重要な番号はメモしたりすることは当然ありましたが)この初見7桁が人間の短期
記憶の身の丈のようです。しかし、いろいろな要素と組み合わせるともっと多くの番号を
覚えることもできます。国際電話の番号の場合、国番号+市外局番+7桁となります。
皆さんは国番号、市外番号をいちいちそのままの番号で覚えているよりも、その前に日
本の国番号とか大阪の市外番号ということばとともにその番号を思い出していると思い
ます。この場合、日本の国番号、大阪の市外番号がそれぞれ短期記憶7個の一つの塊
として扱われ、数字そのものが増えても対応できるようになっているようです。

 もう一つの「記憶できる時間が短い」は皆さん日常生活で経験していると思います。料
理をしているときに電話がかかってきてしまい対応をしている間に時間が過ぎてしまい
(料理をしているということを忘れている)焦がしてしまったり、家族に頼まれたちょっとし
たことを突然の来客の訪問でし忘れてしまったり、いろいろ思い出すことができると思い
ます。これは残念ながら年齢を重ねるとより多くなるようです。

 短期記憶を保持する時間をある一定以上にしなければ次の長期記憶へ転送すること
はできません。保持時間を長くする方法はただ一つ、「繰り返すこと」です。漢字の練習も、
単語の記憶の基本はここにあるわけです。この「繰り返し」を繰り返すうちに短期記憶か
ら長期記憶へ転送がおこるようです。

 先程、家族に頼まれたちょっとしたことを来客の訪問で忘れた例を挙げました。こうい
う場合、後でふと思い出して慌ててやることもあると思います。これは短期記憶が思い出
されたというより、意識しないうちに一部が長期記憶に送付されそれが突然思い出され
たということだと思います。これを利用すると覚えようとしなくても覚える方法となります。
学校の授業を例にすると以下のようになります。授業を受ける前にできれば何が書いて
おあるか程度でも予習します。これは前回に感覚記憶の「内容に親しみをもたせる」にも
通じます。ざっとでも見ておくと自分の知っているところはよく印象付けることができると
思います。次に授業中に一生懸命板書をノートしていくか、配布されたプリントに必要な
マーキングを行います。そして授業終了直後に書いたノートやプリントに一通り目を通し
ます。ここまでの間に少なくとも同じ内容を都合3回、目(脳)に通していることになります。少々時間を置いての繰り返しですが、「心がけ」として行えば意識して行う記憶でなく意識
しないうちに記憶できることとなります。試してみてはいかがでしょうか。

考えていくうちに忘れる

 前回は感覚記憶について述べました。感覚記憶は記憶する最初の段階ですが、この
段階で間違えて記憶したり、「選択」が弱かったりしたらその後の過程は全て無駄となっ
てしまいます。当初に間違えて記憶(通常は見間違い)する例は漢字の練習の最初に
見間違い「造字」して覚えてしまうことです。これはしっかり見る訓練を根気よく行うこと
=心がけとして行えば克服することはできると思います。もう一つの感覚記憶の「選択」
が弱い場合、例えば以下のようなことがおこります。

 ある中学生が直方体の容積に関しての文章問題を解いていました。その問題は底面
の一辺をXとすれば底面積がXの関数となり、それに定数の深さをかけると容積になると
いうものでした。中学生は底面積をXの関数として表すことに注力し答えを出しました。し
かしその答えは違っていました。どうして違うのか釈然としない中学生は私に質問に来
ました。底面積をXの関数として表すところは完璧にできていました。そしてそれを答えと
していたのです。求めているのが容積であり、深さが定数としてあるということを全く忘れ
てしまっていたようです。

 この話は問題をよく読まない不注意として片付ければそれですむかもしれません。もう
少し記憶・感覚記憶という点から掘り下げると、次のようになります。問題を読むことによ
って容積・高さ・底面積はXの関数ということは感覚記憶として把握しているはずですが、
多くの感覚記憶から「選択」することが弱いとXの関数を求めている間にそれらの項目は
記憶から消えてしまいます。これは数学の問題というより感覚記憶の「選択」を強化する
ことが求められます。多くの問題を解いていく過程でも『「選択」の強化』は可能ですが本
人の負担感が重く効率的ではないようです。「選択」の強化を行うのであれば、必要とす
る項目にマークを付ける・必要な内容を図化する等を身に付けることを「選択」するため
の予備行動として体得することが最も近道のようです。(問題に対して指差し確認などを
行うのも面白いかもしれません)更に言及すれば、図の完成・立式するところまで感覚記
憶から「選択」した必要事項を覚えていることができれば「選択」の強化はなし得たと考え
られます。この状態になった中学生に「どういう問題だったか説明してみて」というとちゃ
んと説明できるようになっています。

 数学の文章問題が苦手という生徒たちの多くに共通の特徴があります。図解すれば
わかりやすいのに図解しない(図解の方法を知らないのかもしれません)立式を明確に
しないですぐに計算にはいってしまう。式を書かない。どの項目も行えば感覚記憶の
「選択」を強化することができるのにしていません。そして彼らに文章問題を説明してもら
うと多くは不完全にしかできません。やはり感覚記憶の「選択」が弱いままだからのよう
です。

 感覚記憶の「選択」を強化するのに数学の文章問題は最適です。文章から必要事項
をちゃんと抽出する(「選択」する)ことができないと先に進めませんし、答えもでません。
数学の文章問題を行うことを感覚記憶の「選択」の強化として行うのはいかがでしょう
か。そして中学生が小学生の文章問題を解いていくことでも有効です。中学生が気軽に
取り組んでいくことができるかもしれません。

感覚記憶‏

前回は、漢字を覚えるという学習を通じて「記憶する」ということを概観してみました。

「記憶する」は感覚記憶・短期記憶・長期記憶の部分に分けることができますが、今後

それぞれについて少々述べていきます。今回は「感覚記憶」についてです。

 

感覚記憶は「見たもの・聞いたもの」を「とりあえず」数秒間記憶する記憶です。見た

もの、聞いたもの全てを記憶するととてつもない情報量を保持しなければならないの

ですが、「重要でない・注意をひかない」ものなどはすぐに消去されてしまいますので安

心です。この頃テレビ番組で取り上げられるアハ体験の映像が分かり難いのも「すぐに

消去」されてしまうからです。「重要だ・意味がある」と選択された情報だけが短期記憶に

送られ、記憶することが継続されます。同じ授業を聞いても人によってそこから得る情報

量が違うことがよくあります。すごく集中している人は寸分逃さず記憶し、他の事が気に

なりながらいる人は情報が「右から左へ」となってしまいます。感覚記憶を「選択」し短期

記憶に送り込むことがうまくできなければそれ以降の「記憶の過程」は意味をなしません。

 

それでは感覚記憶からうまく「選択」する方法はどんなことがあるでしょうか。まずは皆

さんが思われる通り、「注意・集中そして興味」のレベルを下げないようすることです。こ

のレベルが下がると皆さんも経験があるとおり、脳は全く「右から左」の状態になりま

す。勉強を開始する前にその内容に注意・興味を集中することが重要です。または講師

の先生からすると個別指導を行う前に塾生諸君にその授業内容に興味を持ってもらうこ

とです。いわゆる「つかみ」でしょうか。これがうまくいかないと以後の勉強の質が違って

くることは容易に想像できます。そしてもうひとつ「注意・集中そして興味」は長時間持続

するのは難しいので適宜休憩・気分転換をいれるのは言うまでもありません。

 

第二の方法は「行動をしながらより意識化」することです。重要なところにマーカーを

付ける、相槌を打ちながら話を聞く、音読をする、視覚的に指差し確認を行う、・・・・。

誰しもが普通に行っていることです。しかし、日々心がけとしてこれらを行っていったと

すると、行わなかった場合と比べその効果は明らかです。

 

最後の方法は「予習する」「型を身につける」ということです。人の脳はなじみの少ない

ものを無用の情報として「無視する」傾向があります。したがって、これから学習すること

(または言葉)を予習すると、「あ、見たこと・聞いたことがある」と脳が反応し無視しにくく

なります。また、学習の型を身に付けておくと、その型と違う内容に遭遇したときに「あれ、

今までと違う」と違和感を感じ、よりその内容を選択しやすくなります。

 

記憶の入り口である感覚記憶、そしてその中から「選択」し次の工程=短期記憶に情

報を送り込むこの段階は「記憶する」ことの要といっても過言ではありません。いろいろ

工夫していきましょう。

「漢字を覚える」を分解すると

 漢字を覚える勉強は勉強方法の基本を多く含んでいます。小学生が漢字を覚える覚え

方を順を追ってみましょう。

①まず、お手本をよく見る。

②①で認識した漢字を一度覚え、ノートに何回か書く。

③最後に漢字の読み仮名だけを見て漢字が書けるか確認する。

 多くの方々がやってこられた勉強方法と思います。これを脳の記憶という仕組みから見

直していくと以下のようになります。

①お手本をよく見る。(漫然と見ているときもその視覚から入ってきた刺激は感覚記憶とし

て一時的に貯蔵される。)

②①で認識した漢字を一度覚え、(「選択」した記憶を短期記憶へ送る。)

 ノートに何回か書く(同じ動作を繰り返し、短期記憶の中の記憶を長期記憶へ「転送」し

長期記憶へ「記銘」「貯蔵」する。)

③最後に漢字の読み仮名だけを見て漢字が書けるか確認する。(長期記憶に「貯蔵」され
た記憶を「想起」する)

 長期記憶にある記憶内容が「想起」できることをもって「覚えた」という状態になります。

 感覚記憶は見たり感じたことを取り敢えず記憶しておくことなので、ほとんどの記憶は数

秒で消えてしまいます。その中で重要と思われる物(または尋常でない、驚きの感情等と

共にある物)は「選択」され短期記憶に送られます。

 短期記憶で覚えていられる記憶の塊は七つまでのようです。とても多くのものを記憶する

ことはできません。また短期記憶は意識を緩めたり、他の情報が入ってきたり、別の行動

をおこなってしまうと簡単に消えてしまいます。通常では短期記憶は大変容量が小さく保

持時間も短いものです。

 短期記憶で、記憶を保持している時間がある程度長くなり、いろいろな補強情報(由来

等の理解、こじ付け等)とともに記憶することができるようになると長期記憶に転送されま

す。長期記憶ではほぼ半永久的に保持できるとともに、記憶できる容量はほぼ無制限で

す。

 以上みてきたように、記憶する工程は何段階にもわかれています。物覚えが悪いといっ

てもどの工程で問題が発生しているのかよく確認をしないと、見当違いの指導を行ってい

る場合もあると思います。例えば感覚記憶は「見た通り、聞いた通りの記憶」ということに

なるのですが、漢字の書き取りをしているとお手本通り書いていない(造字して)場合も見

受けられます。「よく見て書いて」の指導は感覚記憶より短期記憶の「選択」へ働きかけな

のかもしれません。また先生から「注意」などを受けるというのも短期記憶への記憶となり

ます。しかしそこでの保持時間や補強が少ないと「注意」も霧散してしまうということのよう

です。指導する方も注意して事に当たらなければなりません。

 もっとも問題となるのは短期記憶から長期記憶へ「転送」し、「記銘」「貯蔵」する工程と長

期記憶に保存されている情報を「想起」することのようです。天賦の才能を持っていた人以

外は例外なく皆この辺で苦労しているのではないでしょうか。